
苔盆栽の世界に足を踏み入れるとまず目に入ってくるのがあの丸みを帯びたやわらかな緑の塊です。
苔寺の庭先や古い盆栽の鉢面を彩るあの苔こそが、ホソバオキナゴケです。
学名をLeucobryum juniperoideum といい、シラガゴケ科シラガゴケ属に分類され、日本国内では北海道から九州、小笠原諸島まで広く分布しています。
園芸店では「ヤマゴケ」や「マンジュウゴケ」の名前で販売されていることも多く、日本の苔寺でもよく見られる美しく人気の高い苔です。
盆栽用として選ばれ続ける理由
ホソバオキナゴケが苔盆栽の定番として長年使われてきた背景には、いくつかの明確な理由があります。
まず見た目の美しさです。
こんもりとしたコロニーを形成するホソバオキナゴケはまさに苔らしい苔で、触り心地はまるでビロードのようです。
半円形に盛り上がるその姿は「饅頭苔」とも呼ばれ、鉢の土面を覆うだけでぐっと落ち着きのある風景をつくり出してくれます。
絨毯のような見た目から、紅葉などの広葉樹ともよく合うので、苔庭や盆栽用として人気があります。
次に乾燥に対する強さです。
乾燥気味の状態では白緑色が強くなりますが、縮れなどの形状的変化がないため、苔庭や盆栽、苔玉に人気がある苔です。
盆栽の鉢はどうしても乾燥しやすく、湿度管理が難しい環境にさらされますが、ホソバオキナゴケはそういった条件でも形が崩れにくいのです。
定着している状態は乾燥に非常に強く、数ヶ月間干からびていても全く問題ないほどです。
さらに、管理の手軽さも大きな魅力です。
多少乾燥していても見た目が悪くならないので、開放的な容器の苔テラリウムや盆栽・苔盆栽にも最適です。
成長はゆっくりなので、のんびりコケと向き合いたい方にもお勧めです。
生長が遅いということは、形が崩れにくく、一度うまく育てれば長くその姿を楽しめるということでもあります。
自生環境から学ぶ育て方の基本
ホソバオキナゴケをうまく育てたいなら、まず自然の中でどんな場所に生きているかを知ることが近道です。
低地や山地の腐葉土のたまった林の中では白緑色の半球状の塊になって生え、雨の当たりにくい大木の根元には大きな群落となり広がるように密生して生えています。
特に杉やヒノキなどの植林地で見かけることが多く、逆に保水力のあるブナなどの広葉樹林では見かけることの少ない苔といえます。
杉林のヤマゴケは開けた明るい林道沿いに自生しており、照度計で測ると10000ルクス以上あります。
逆に林の奥まった暗い場所にはあまり見かけません。
これは意外に感じるかもしれませんが、「半日陰を好む」というのは「暗い場所が好き」という意味ではなく、ある程度の光量は必要だということです。
また水分についても杉の大木の根元は雨が当たりにくいため乾燥している場所のように見えますが、大きな樹木は根から大量に水を吸い上げ、葉から水蒸気を放出しているため、樹林地帯は水蒸気が大量に供給される環境にあります。
つまりホソバオキナゴケは、直接雨が当たるような多湿な環境ではなく、空気中の湿度が安定して保たれた場所を好んでいるのです。
置き場所と光の管理
緑のままで維持するには、適温で適度な湿度のある所に置かないといけません。
置き場所とするなら直射日光の当たらないレースのカーテンで光がさえぎられるくらいの光がちょうどいいです。
屋外で管理する場合も同様で、強い日差しの下で生育すると苔が日焼けして茶色くなることがありますので、できるだけ半日陰の環境で育てるといいでしょう。
特に夏場は要注意です。
ホソバオキナゴケは饅頭苔という別名もある通り、丸みを帯びた半円球状にコロニーを作るため、内側に水分がこもりやすいです。
夏場は苔の内部が高温になって蒸れやすいため、涼しい場所に置くようにしましょう。
蒸れはこの苔にとってもっとも大きな問題で、蒸れてしまうと黒く変色してしまい、そうなると戻ることはありません。
水やりのタイミングと方法
水やりはホソバオキナゴケの管理でもっとも気を使う部分のひとつです。
基本的な考え方は「乾いたらたっぷり与える」ですが、その見極め方にコツがあります。
ホソバオキナゴケの場合は、葉が白くなり、触るとカサカサとしてきたら、水やりのサインです。水分をたっぷり含んでいるときは鮮やかな緑色をしていますが、乾燥すると葉が軽く収縮し、白っぽくなってきます。
水を与えることで元の緑色に戻りますので、土が均一に湿るように水を与えるといいでしょう。
ただし白くなっても枯れているわけではありません。
ホソバオキナゴケは乾燥すると他の苔よりも色合いの変化が顕著で、真っ白に見えることもあります。
これはギンゴケの先端の白い部分と同じで、葉緑体を含まない細胞で構成されている透明尖(とうめいせん)を多く持ち合わせているからです。
透明尖は必要以上の光の吸収を抑えることにより苔体内の温度上昇を抑え、蒸れを抑止する効果があるとされています。
ホソバオキナゴケは小さく生育も遅いので過湿気味にするとゼニゴケやタチゴケなどの強い苔が生えてくるので取り除き、水やりは控えめにしましょう。
また、ホソバオキナゴケの仮根には水分を吸い上げる機能はありません。
そのため、霧吹きやじょうろなどで葉に水分を与える必要があります。
コロニーが大きく育つと苔の表面で水をはじく傾向がありますので、しっかりとした灌水が必要です。
表面が濡れていてもコロニーの内部や土にまで水分が届いていないことがあります。
水やりの際はコロニー全体にしっかり水分が届くよう意識することが大切です。
用土の選び方
用土は畑土に水はけを良くする川砂と樹皮培養土を少量混ぜると良いでしょう。
杉などの根元や倒木に好んで生えてくる性質もあるので、近所に杉林などがある場合には、枯れた枝や倒木を刻んだウッドチップを混ぜ込むのも良い方法です。
室内で育てる場合は、粒の小さい川砂や赤玉土を同じくらい混ぜ込んで、水はけを良くすると良いでしょう。
また、樹皮培養土は針葉樹の樹皮を加工したもので、ホソバオキナゴケなど山苔の栽培に適しています。
腐りにくく土特有の臭いもあまりありません。
有機物や栄養分の多い土は藻やカビを呼び込みやすいので、できるだけ清潔で肥料分の少ない用土を選ぶのが基本です。
こんもり育てるための植え付けのコツ
あのふっくらとした丸い形を作り上げるには、植え付けの段階からの工夫が欠かせません。
移植法では小さな塊をピンセットなどで少し隙間を空けてやると綺麗な半球状の形になり、時間はかかりますが起伏のあるマットができます。
株同士を少し離して植えることで、それぞれが半球状に育ちながら隣と重なり合い、やがて起伏のある美しい苔面が生まれます。
植える際は土に差し込むように植え、植えた後も軽く抑えるようにして土と密着させましょう。
仮根が用土にしっかりと密着することが、その後の安定した生長につながります。
仮根がしっかり張ると旺盛に新芽を出してくれるはずです。
環境に馴染むと新芽が出るスピードは早めになりますが、コロニー形成には時間がかかります。
こんもりとした理想の姿になるまでには、やはりある程度の時間が必要です。
半円球状のコロニーができるまでにはおよそ3〜5年の月日がかかると言われているため、ただ量を増やしたいだけの場合は購入した方が良いかもしれません。
すぐに美しい姿を楽しみたい場合は、丸い塊のまま定植するのがおすすめです。作ってすぐにふっくらした姿を楽しめます。
気長に付き合うことを前提に育てるか、ある程度育った株を入手して植え付けるか。
どちらの選択もあって良いのですが、いずれにしてもホソバオキナゴケはじっくりと向き合う価値のある苔です。
焦らず、環境を整えて待つことが、この苔をこんもりと美しく育てるうえで何よりも大切な姿勢といえるでしょう。